KISS

KISSとの出会い
中学1年(24年前)、邦楽歌謡曲から洋楽への脱皮を図っていた頃、友人が聞かせてくたDeepPurple「SmokeOnTheWater」でRockに目覚める。そしてその「SmokeOnTheWater」を探すべくBand名・曲名・アルバム名も全くわからないまま近所にあったレンタルレコード店でそれらしきアルバムを借りまくり、偶然借りたアルバムに含まれていた「Detroit rock city」を聞いてしまう。これが私の長いKISS人生の始まりである。
GeneSimmonsとの出会い
私がKISSにめぐりあった当時ちょうど「I was made for lovin you」がヒットしていた頃でどちらかというとPaulStanleyの方が人気があったような時期であった。そして私もPaulVOICEに魅了されていた。中学3年の頃、こつこつと買い揃え続けていたKISSアルバムに「KISS ALIVE」が追加された。そのオープニングの「Deuce」を聞いた瞬間(スタジオ版は既に持っていたが...)Paulを捨てGeneで生きていくことを決意した。
隠れKISSファンの時代
20代の頃、私の周りにはKISSを理解してくれる人が非常に少なく私の音楽感覚がおかしいのかと疑った時もあった。しかし聞かないわけにはいかず、車で聞く時などは(もちろん一人で...)窓を密閉し外に漏れないようにして聞いていた。(でもガンガンにして聞く「Creatures of the night」などは気持ちよかった)
苦労して入手した1997東京ドームチケット
1997・1・18東京ドームが決定した時何があっても参戦することを決意し、チケットぴあ電話予約の日を待つがなんとゴルフ接待が入ってしまう。この日、携帯電話を片手にプレーをしホールの合間のティーグランドから電話をして7ホール目(AM10:30頃)でようやく電話がつながり予約ができた。もちろんメンバーにKISSのチケットであることを内緒にしていたことはいうまでもない。
初めての生KISS〜KISSの血が再燃した日
LIVE当日オープニングの「Deuce」でいきなり感動し、鳥肌と涙が出てきてしまった覚えがある。そしてKISSファンがこんなに大勢いたのかと再確認し、隠れて曲を聴いている場合でない!と正々堂々と振る舞う決意をしたのであった。この頃からKISSグッズが国内で売られるようになりGeneものを中心に買い漁ることになる(当初は4人セットで購入していたがアイテムが増えすぎ予算の都合上途中からGene限定にしたのである)。LIVEの方はというと私の大好きな初期の曲で構成され、Geneの火吹き「Fire house」・血吹き「God of thunder」に感動し、アンコール2曲目のPeterの生「Beth」に感動し、感動三昧で終了した。
二度目の生KISS〜ファイナルツアー
二度目の生KISSは以外と早く訪れた。2001年ファイナルツアーでの来日決定である。友人の計らいで3/13東京ドームアリーナ10列目(右端の方だったが)を確保してもらう(自分で確保したスタンド2階席5列目は別の友人に転売した)。LIVEを待ち望んでいる間、車のラジオで追加公演決定の知らせを聞き(3/9横浜アリーナ)すかさず携帯電話で予約GET。今回は1997年の時よりは比較的楽にチケットを入手できた(しかも2回も見れるなんて...)。しかし喜んでいるのもつかの間、PeterCrissの来日前の脱退のニュースが入り愕然とする。「Beth」が聞けない...
KISSとの最後のひととき
横浜アリーナ・東京ドームとも曲構成は全く同じであった。オープニングは「Detroit rock city」・「Deuce」で始まり、「Love gun」ではPaulが宙を舞い、ノーメイク時代の「Lick it up」をやり、そしてLIVEでは滅多に聞けない「I was made for lovin you」をアンコールオープニングに持ってくるなど泣かせる演出だった。東京ドームでの「Fire house」は10列目だっただけに熱を感じ、Aceのソロは指の動きまで見てとれた。ドラムは代役にノーメイク時代のメンバーEricSingerがPeterのメイクでやってくれていた(しかも「Black diamond」までPeterそっくりに歌ってくれた)。感動の2日間はアッという間に過ぎ、私の生KISS最後の曲となる2日目東京ドームのオーラス「Rock and roll all nite」では曲が終わらないでくれぇ〜と変な願いをかけていた覚えがある。そして終わってしまった。
その後の私とKISS
LIVE後しばらく”もぬけの殻”となっていた私であったが、気を取り直しKISSグッズ(やはりGeneもの)の捜索活動を再開する。PCの壁紙・スクリーンセイバーはKISSものに変更し、子供に絵を描いてくれぇとねだられると高校の頃極めたGeneの絵を描いてやったり、階段にポスターを貼ったり(子供の友達が遊びに来ると怖がるが...)KISSが生活の一部となりつつある。そしてその子供は私の誕生日にKISSの絵(こっちはメンバー全員)を描いてプレゼントしてくれるというまでに成長した。

私とKISSはすでに切っても切れない関係にある。

(社員のコラム02’01月号)
(社員のコラム02’12月号)

社員のコラム’01/11月号(2002年5月掲載):MasafumiEbinuma Wrote